安倍首相、大失敗のイラン訪問
日本に挽回の可能性はあるのか?
イスラム法学者・中田考の考察
安倍首相はイランの強硬派を刺激した?
そればかりか、アメリカとイランの緊張を緩和するどころか、安倍首相のイラン訪問がタンカー攻撃の引き金になり、一挙に緊張が高まった可能性すら考えられます。
トランプとハーメネイは戦争を望んでいないので、偶発戦争の危険性は、アメリカ側ではポンペオら、イラン側では保守派の法学者とイラン革命防衛隊の中の強硬派にあります。もし安倍首相がイランに行って本気で仲介しようとするなら、ハーメネイだけではなく非公開で強硬派とも会い裏交渉をすべきだったのですが、彼らとパイプがない日本にはそんなことはできるはずもありませんでした。
もし今回のタンカー攻撃がイランによるものだったとすれば、イランの対米強硬派への配慮を欠く安倍首相のこの無意味な動きは結果的に強硬派を刺激し、タンカー攻撃に繋がったことになります。官邸がそのリスクを考えていなかったとしたら、愚かとしか言いようがありません。
戦争の危機は遠のいたが……
アメリカ側はイランによるタンカー爆破の証拠として、イラン革命防衛隊の小型艇が不発の吸着爆雷を取り除いたとされる映像を公開し、イギリスは即座にアメリカの声明を支持しました。しかし、吸着爆雷を仕掛ける映像や取り除いた吸着爆雷を処理する映像などが公開されていないため、ドイツやフランスは証拠不十分としてアメリカに同調せず、日本も判断を保留しています。
トランプが『タイム』誌のインタビューで「イランが核兵器を持てば戦争も辞さないが、それ以外の問題は不問に付してもよい」と述べたことで、当面戦争は回避され、「犯人捜し」は迷宮入りする公算が大きくなりました。とは言え、今後の展開を考えるためには、自分なりの事件の見通しを持っておく必要があります。
アメリカの提示した映像は状況証拠にさえなりませんが、現在のところ他に具体的な容疑者の名前があがっていない以上、イラン革命防衛隊が疑われるのは無理もありません。イランがタンカーを攻撃する理由はない、イランと開戦する口実を作るためにアメリカがやった、との陰謀説を唱える者もいますが、イラン革命防衛隊説以上に根拠薄弱です。
イラン革命防衛隊が爆雷を仕掛けたのでもなく、アメリカの秘密工作でもなければ一体誰が行ったのでしょうか? 私の仮説は、イエメン内戦でイランが後押しするフーシー派です。
フーシー派の影
明文の根拠もあります。6月13日、イエメン内戦に介入しているサウジアラビアが主導するアラブ諸国連合軍報道官が2018年7月のフーシー派によるサウジ・タンカー攻撃に言及し、フーシー派の過去の攻撃に通ずるとしてフーシー派犯行説を唱えています。
またサウジのムハンマド皇太子もオマーン湾での4隻のタンカーへの5月12日の攻撃もあわせて「イランとその代理人」の仕業だと非難しています。イランの代理人とはフーシー派のことです。イエメンからオマーンにかけての湾岸はフーシー派の活動範囲内ですからイラン革命防衛隊が直接手を下さなくても、同盟関係にあるフーシー派が実行するに情報や武器を提供したということは十分にありえます。
また、アメリカがイラン革命防衛隊を装う偽旗作戦で破壊工作を行ったとは考えにくいですが、アメリカは囮捜査が認められる国です。これまでもイスラーム主義者に「テロ」を示唆し、誘導するばかりか、実行の手伝いをするなどしばしば行き過ぎがあったと批判されています。今回もサウジアラビアやUAEなどの現地の情報機関と協力して、イラン革命防衛隊の強硬派やフーシー派に情報提供、便宜供与し、安倍のイラン訪問の日にタンカーを攻撃するよう誘導したことは十分に考えられます。アメリカが、イランの関与と断定しながらも証拠を開示できないのも、そう考えれば合点がいきます。
サウジアラビアからイランへの「メッセージ」
サウジアラビアがフーシー派を名指したのは、事実かどうかはともかく、裏にサウジアラビアがイランに向けたメッセージが隠されているのではと私は考えています。
アメリカが核開発の阻止、最終的にはイスラーム共和国体制の転覆にしか興味がないのに対して、サウジアラビアにとっては(イランが仮想敵国筆頭であるにしても)喫緊の問題はイエメン内戦で交戦中のフーシー派の掃討です。つまりサウジアラビアは、イラン革命防衛隊ではなくフーシー派を犯人と国際的に認知させ、イランがフーシー派と絶縁し支援を止めるなら、それで手打ちにし、イラン革命防衛隊は免責する、とのメッセージを出したのではないでしょうか。
革命防衛隊は宗教界が支配するイスラーム共和国体制の最大の支持基盤であり、たとえハーメネイの指示なく革命防衛隊がタンカーを攻撃したと国際社会が認定してもハーメネイは革命防衛隊を切り捨てることはできません。しかしフーシー派ならトカゲの尻尾切りが可能です。フーシー派を切れ、とのサウジアラビアのメッセージは理解可能なものです。
サウジアラビアがイラン革命防衛隊ではなくフーシー派を犯人にしたいのは、イランと直接敵対して、アメリカが矛を下ろして梯子を外されるのが怖い、ということもあるでしょうが、アメリカとイランが戦争になってイラン・イスラーム共和国に崩壊されるのが困るからでもあります。
アメリカの標的になりたくないサウジアラビア
確かにサウジアラビアにとってイランは仮想敵筆頭ですが、イラン・イスラーム共和国体制が崩壊してしまうことは必ずしも好ましくありません。
域内大国イランの崩壊は中東に予測不能な大混乱を招くことは必定であり、サウジアラビアや湾岸の王制諸国も巻き添えで吹き飛んでしまう可能性も小さくないからです。サウジアラビアが望むのは、イランがこれ以上影響力を伸ばさないこと、現状の維持です。
第二に、イラン・イスラーム共和国体制が崩壊すれば、次のアメリカの標的になるのは、サウジアラビアだからです。親米だと思われがちなサウジアラビアですが、その認識は間違いです。「9・11」の実行犯19人のうち15人はサウジ人でしたし、サウジアラビアとアメリカは金だけのつながりで、信頼関係はまったくありません。2018年、訪米したサルマン国王にトランプが「サウジアラビアなどアメリカの武力の庇護がなければ二週間で消滅する」と言い放ったのに対し、ムハンマド皇太子が「サウジアラビアはアメリカができる前から存在している」と応酬したのは、両者が内心では軽蔑しあっていることを露呈させるものでした。
サウジアラビアは建国以来主にアメリカから兵器を買っていましたが、人権外交を掲げたオバマ政権以降は、ヨーロッパや、ロシア、中国などからも購入するようになりアメリカとの関係はぎくしゃくしています。
アメリカとの戦争でイランが崩壊し、親米民主政権ができれば、これまでは敵の敵は味方、ということで、イランとの対抗上大目に見られてきたサウジアラビアにアメリカの矛先が向くことは確実です。だからイランに新たにアメリカの傀儡政権ができることをサウジアラビアが歓迎するわけはありません。サウジアラビアの最大の関心は、いうまでもなく自国の安泰です。したがって、今やサウジアラビアのアキレス腱となっているイエメンからイランが手を引けばそれでいいのです。